ROMA, CITTA APERTA
【1945年製作 イタリア】(105min )
監督:ロベルト・ロッセリーニ
出演:アルド・ファブリッツィ、アンナ・マニャーニ、マルチェロ・パリエーロ、マリア・ミーキ
ロッセリーニ監督の「戦争三部作」。第2次世界大戦末期のローマ。レジスタンスの指導者マンフレディは、恋人の女優との写真からゲシュタポに正体を知られてしまい、同志の印刷工フランチェスコの部屋に逃げこむ。彼は翌日に未亡人ピナとの結婚を控えていた。神父ドン・ピエトロも彼らに協力した。結婚式当日、ゲシュタポがフランチェスコのアパートを包囲。フランチェスコは逮捕され、彼を追ったピナは射殺されてしまう…。若きフェデリコ・フェリーニが脚本で参加している。
※ネタバレあり
あのイングリッド・バーグマンがこの映画を観て感銘を受け、当時ハリウッドで成功を収めていた彼女だったが、既に夫と娘がいる身でありながらイタリアのロッセリーニ監督の許に走ったという話はもはや伝説のようになっていて、この映画を語る際、このエピソードは切っても切れない話のようだ。
そんなエピソードがあってもなくても・・・非常に興味深く観れた。
イタリアも枢軸国ながら同盟国であったドイツに占領されていたという暗い背景があり、また解放されたとはいえこの映画が作られた1945年は日本も終戦を迎えた年で、イタリアもまた世の中が混沌としていた時期だっただろう。
この映画は戦時下のリアリズムを追求しつつも非常にドラマチックな人間ドラマだと思う。
ドイツに対抗するレジスタンスの闘いが作品の根底にあるわけだが、闘いの内容そのものよりもその中で見えてくる登場人物たちの様々な苦悩や葛藤が伺える。
マンフレディの仲間でレジスタンスの一員である印刷工フランチェスコの婚約者で未亡人のピナは生きるためにパン屋を襲撃している。信仰心の厚い彼女は自分の罪を悔いて神父に懺悔し許しを乞う。けれど占領しているドイツ兵の姿を見るや否や、「あの連中を見ると張り倒したいです」と自分の気持ちを正直にぶつける気丈な女性だ。
結婚式当日フランチェスコはドイツ兵に連行され、その姿を追ったピナは自分の息子マルチェロの目前でドイツ兵に銃殺されてしまう。
マンフレディの恋人マリナが、ゲシュタポの隊長ベルグマンの恋人と思われるイングリッドという女性に情報を漏らしたことで、マンフレディや協力者のピエトロ神父などが捕まってしまう。
マリナの台詞に「人生なんて汚いものよ。貧乏したら悲惨よ」とあるが、家具や服や麻薬と引き換えに、自分の魂を売った女。愚かで可哀想な女だ。
フランチェスコもピナも、決して争いごとを望んでいたわけではない。
彼らは「未来に希望の自由がある」と信じていたのだから。
戦争自体が悪であり、とても悲惨だ。
はっきり言えるのは、そこに住むローマの人々の生活が脅かされ続けていたという事実だ。
ドイツの監視化にあって、決して彼らに自由はない。
そして、解放直後の混乱の時期だからこそ、このような映画が作られたのではないかと思った。
戦争が引き起こした悲惨な過去の出来事として、終わらせないために。
「正義と自由のために戦う者を信じる。それが神の道だからだ」と言うピエトロ神父の言葉通り、ゲシュタポの凄惨な拷問に遭いながら最後まで口を割ることなく絶命したマンフレディ。
自分たちは“支配民族であるドイツ人”と言い切るゲシュタポの隊長ベルグマン。
そんなベルグマンの意見に背くように「この戦争は憎悪を産む。憎悪に囲まれて希望はない」と言うドイツ人将校。
「死ぬのは難しくない。生きるのが難しい」と言って銃殺刑にされたピエトロ神父。
神父の最期を見届けた子供たち・・・
子供たちががっくりと肩を落としながら神父が処刑された場所から去って行くラストシーンは、とても切なく辛い気持ちになるが、若い彼らが大人になって“同じ悲劇が起きないように”“イタリア人としての誇りを忘れてはならない”というロッセリーニ監督の想いと希望が込められているような気がした。

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